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秋の新講座のご案内

ウィメンズカウンセリング京都 2006年 秋の講座
セクシュアル・ハラスメントについて学ぶ講座
    ――実際の裁判事例から――


 職場で、大学で、学校で、セクシュアル・ハラスメントが告発される事例は後を絶ちません。
 セクハラのガイドラインが作られ、相談窓口が設置され、研修なども開かれていますが、被害にあった当事者や身近で関わった人たちでなければ、セクハラ被害がどのようなもので、被害者にとって何が問題で、何に傷ついているのかがもう一つわかりにくいという現実があるようです。
 そこで、この講座では、セクハラの裁判事例のうち、本になっているものを取り上げ、その事例から、セクハラ被害の現実とサバイバーや支援者たちが声を上げたことによって、社会的な状況の変化をどのように生み出してきたのかも学んでいきたいと思います。

<取り上げる予定の裁判>
 *福岡セクシュアル・ハラスメント裁判
 *京大・矢野事件
 *横山ノック・セクハラ事件、
 *アニタ・ヒル事件
 *『集団訴訟』 (映画「スタンド・アップ」原案) など

※テキストは購入する必要はありませんので、お気軽にご参加ください。

■日 時:2006年11月10日から毎週金曜日
(全6回 11/10~12/12/15)
      PM7:00~9:00
■受講料:12,600円(消費税込)
■場 所 :ウィメンズカウンセリング京都
■定 員 :15名(最低成立人数5名)
■申込み:TEL、FAX、メールでお申し込みください。


(TEL) 075-222-2133
(FAX) 075-222-1822
(メール) info@w-c-k.org
# by wck-news | 2006-10-06 01:48 | お知らせ(講座情報など)
大好評の、栗岡多恵子さんのボディワークを連続講座で開催します。
ストレスをゆっくりと解消したい方、”身体ほぐし”を体験してみたい方、
ぜひご参加ください。
参加は女性に限らせていただきます。

ウィメンズカウンセリング京都&Brisaブリーザ主催
“こころ”と“からだ”のリラクゼーション講座
~ボディワーク&アロマの香りでセルフケア~

講師:栗岡多恵子さん(Brisaブリーザ主宰)

エッセンシャルオイル(精油)の香りに包まれて、ゆったりと「大切なわたしのからだ」を確かめながら、体操でもストレッチでもない、アロマテラピーや気功・呼吸法などを取り入れた自然のままの“身体ほぐし”で、こころとからだをさわやかに、自分を取り戻す時間を共有しましょう。


第1回10月16日(月)
19:00~20:30身体ほぐし日々の疲れやストレスでかたく重たくなったこころとからだを各部分ごとに、ゆっくりした動きで丁寧にほぐします

第2回10月30日(月)
19:00~20:30呼吸法とリラクゼーション腹式呼吸で、「いま、ここにいる私」のからだの中心から呼吸して、こころとからだを浄化していきます

第3回11月13日(月)
19:00~20:30きれいな姿勢で気分をリフレッシュ正しい姿勢や立ち方になるように骨格を調整して、きれいな姿勢を保つウォーキングで心身をリフレッシュします

第4回11月27日(月)
19:00~20:30わたしのからだが目覚める動きをする循環がよくなり、からだの中心から自然治癒力が増してくる動きを学びます

第5回12月11日(月)
19:00~20:30リラクゼーションのためのボディワーク 総まとめ(基礎編)
第1回からの身体ほぐし・呼吸法・姿勢・歩き方(ウォーキング)などを組み合わせて、自然で「ありのままのわたし」がゆったりとリラックスできる自分中心のボディワークの時を紡ぎます


■場所:京都市子育て支援総合センター
■こどもみらい館 2階 和室
(京都市中京区間之町通竹屋町下る楠町601-1)
   TEL075-254-5001
■参加費 全5回10,000円
■当日は動きやすい服装と水分補給のための
飲料水を持参ください。

申し込み・お問い合わせは…ウィメンズカウンセリング京都 TEL:075-222-2133 
                            e-mail:info@w-c-k.org まで
# by wck-news | 2006-09-20 17:35 | お知らせ(講座情報など)
改正均等法が成立して来年4月からはセクシュアル・ハラスメント対策が強化されます。
これまでは事業主はセクハラ防止に配慮していればよかったのが
これからはきちんと対処しなければならなくなるのです。

そして、どのように対処しなければならないかを具体的に決めるのが「指針」です。
現在その指針案を厚生労働省の審議会が検討していて
パブリックコメント(意見募集)を行っているのです。

一人でも多くの人が意見を寄せれば、少しでも力になる指針ができるはず。
というわけで、くわしい書き方、送り方などは
日本フェミニストカウンセリング学会のHPに載っています。
http://nfcg.web.infoseek.co.jp/

締め切りは9月27日です。
是非、関心のある方は意見を寄せてください。(す)
# by wck-news | 2006-09-19 18:46 | お知らせ(講座情報など)

狂気の世界遺産

 今年の夏、ポーランドのアウシュビッツを訪れた。出発前はあれこれと考えることもなく、見識を広げられたらという程度の気持ちだった。

 最初に訪れた第一収容所は博物館になっている。門に掲げられた「働けば自由になれる」という標語の下をくぐって中に入った。とたんに息がしにくい。この施設はもともとポーランドの刑務所として作られたレンガつくりの頑丈な建物で、ソ連軍が侵攻してきたときドイツ軍に破壊されずに残ったものだ。思ったよりもこじんまりとしている。

 収容者の遺品が山積みにされた部屋に入ると、なによりもここでとんでもない数の人間が殺されていったのだと実感できる。切取られた髪の毛、鞄、服、生活雑貨・・・・。涙が止まらない。子どもの靴だけが集められた部屋でとうとう、私は嗚咽しないではいられなくなった。これらの靴は、死の直前までくたくたになった真っ黒に汚れた足に履いてあったものだ。どこどこのだれだれと尊く存在していた子どもたちのものなのだ。本当にものすごい数があって、圧倒され続けた。日ごろ、子どもと関わる仕事をしていることもあってよけいにしんどかった。

 その他にも、銃殺の壁、立ち牢、ガスチェンバーなど。そのまま残された施設ならではの生々しさが、そのたびに胸にせまってきた。

 映画でアウシュビッツ収容所を描いたものをいくつか観たことがある。そこで表される施設は、主に第二収容所であることをはじめて知った。そこは、先の施設から数キロ離れたところにあった。鉄道の引込み線が「死の門」をくぐって中に続いていく。ヨーロッパ各地から貨物列車にぎゅうぎゅうにつめこまれて運ばれてきた収容者たちは、その先のプラットホームで、ガス室送りと強制労働とに選別される。引込み線の行き止まりになったところの両脇に、一度に二千人を殺すことのできる大型のガス室が建っていた。これらのガス室は証拠隠滅のために破壊されたが、その残骸はそのままにされている。

 映像で観て頭に残っている広大な収容所の風景はここにあった。男性が収容されていた木造の建物群は焼き払われて、各建物の煙突だけがずらっと規則正しく並んでいる。見学者のために再現された一画を見て回ることができる。ポーランド人のガイドさんがここでの悲惨な生活について詳しく説明してくれる。この話が、またすごい。そこまで人間性を否定された生活のなか、生き延びてきた人がいることが信じられないぐらいだ。

 私達のバスの集合時間まではわずかだった。ガス室まで歩くのは無理に思えた。それでも、私は引き込まれるように、引込み線の先端まで歩いていった。そこにある鎮魂のためのモニュメントとガス室の残骸。とても天気のいい日で、じりじりと照りつけてくる。とても暑かった。

 数百メーターの距離を線路沿いに急ぎ足で歩きながら、私はlここで働いていたドイツ軍の気持ちになってみようと考えた。彼等には列車から降りてくる大勢の人たちが人間には見えていなかっただろう。自分達が搾取する品物を身につけた動物?虫?。ひとかけらの温情なども持ってはできなかっただろう。人間に値するのは、自分達だけであって他にはない。それは個人の狂気ではなく、プロパガンダや組織のなかに抜け道のないように組み込まれた狂気。個人の感情は、重い重いふたで封印してあったに違いない。

 その感覚を想像しているうちに、線路の行き止まりに着いた。そこはやはり特別な場所で、私には空気がピリピリと肌をさすように感じられた。モニュメントの前で手を合わせ、そこにいた人に頼んでガス室を背景に写真をとってもらった。私のおびえた顔と緊張して持ち上がった肩、後ろのガス室とまわりの森は神妙な雰囲気が漂っている印象的な写真が手元にある。

 最初の施設内を歩いていたときに、目の前にぱらりと一枚のポプラの葉っぱが落ちた。今でも手帳に挟んであって、時々思い出す。表現するのはおっくうだし、思い出すのもしんどいけど、何か記録を残しておきたくって投稿した。ぜひ、機会があったら訪れて欲しい。あんな気持ちになった場所は初めてだった。もう一度訪れて、有名な唯一の日本人ガイドさんの話が聞いてみたいと思っている。その時は時間に余裕をもって、ゆっくりと祈ってみたい。 (ひ)
# by wck-news | 2006-09-04 23:45 | 日々雑感

友人の母の死

 昨日、友人のフェミニストカウンセラーのお母さんのお葬式に参列した。がんで長らく自宅療養をされていたので、友人もお母さんの死については覚悟もでき、納得できるものであったろう。
 喪主である友人の最後の挨拶を聞いて、思わずもらい泣きをしてしまった。
 彼女は「私も妹も働いているので、母は昼間ひとりになることも多く、淋しかったこともあっただろうと思う。でも、厳しい娘たちに鍛えられて、母は最期まで自分のことは自分でしていた。幸せな人生だったと思う。少し前に18年も生きた犬が死に、お盆で父が迎えにきたので一緒に行ったんだろう」と語った。
 私も母との最晩年を一緒に暮らしたが、母を残して仕事に行くときに、後ろ髪をひかれる思いをしたことがあった。私の母もまた、右半身不随になりながら、最後まで自分のことは自分でしていた。そして10年生きた猫が死んだとたんに死んでしまったことなどを思い出した。
 フェミニストを娘にもつ母親の最期は似ているのかもしれない。フェミニストの母は、強烈にひとりで在ることと、共に在ることを了解して、人生の幕を閉じるのではないか。
 フェミニストカウンセリングにおいて、母娘関係は興味つきないテーマであり、多くの母娘にとって、相手はアンビバレントな存在である。私も、若い頃にとことん批判した母のことを、父のことよりなつかしく思いだすのは不思議だと思っていたが、友人の母への思いに同じ感覚があることを知って、友人や友人の母、そして私の母に対して強くシスターフッドを感じた。 (M)
# by wck-news | 2006-08-17 12:11 | 日々雑感
ジェンダー化される身体
荻野 美穂 / 勁草書房 2002年





ワンピースを着て、ばっちりメークをキメた自分を「女装する」と評するひとがいる。
恋人に甘えたい気もちになった自分を、性的な気分が高まった自分を「女になる」と定義する人がいる。
彼女たちは「女モード」の自分とそうじゃない自分を意識しているらしい。
「女」というのは「もうひと手間」がいる。
「女」という言葉は依存性やエロティックな文脈において多用される。
生身の自分をジェンダー規範から自由に表現するのって難しい。

著者は大阪大学大学院助教授(女性史専攻)で、本書のテーマは「ジェンダー化された身体の歴史」。
ジェンダー化された身体とは、「〈女〉および〈男〉という性の違いが所与の大前提として設定された文化の中で、それにそって訓育され、立ち上げられ、生きられていく身体」のこと。
身体の言説と生身の自分に違和感を抱きつつも、生身の自分を表現するのをためらったり、言葉がみつからない経験をしてきたように思う。

本書は前近代の性差感から近代的身体の成立、フェミニズムと生物学、「産む性」と子殺しの関係、売買春問題、現代を生きる私たちがまさにとり憑かれている「美と健康という病」など多様なテーマを取り上げ、女性身体が歴史的にどのように意味づけられ、管理されてきたのか、そして女性たちがそれをどう体験してきたのかを説明しようとしている。
それらは、いまだ可視化されていない男の身体についても言及することで、いっそう分かりやすい。

著者は冒頭で、フェミニズムの「女性の身体への対し方」への不満と疑問を表明し、フェミニズムが「ジェンダーの分析やいかにそれを変革していくかという問題に関心を集中し、セックスがいわば棚上げにされてきた結果」生じている問題について論じている。

みんなで読んで話し合いたい一冊!
                                    (WCKニュース第22号より転載)
# by wck-news | 2006-08-12 16:06 | 本・映画・DVD
f0068517_1345354.jpgWCK代表である井上さんの自伝的著作。
思春期体験から恩師との出会いを経てカウンセラーになるまで、そして知的障害児との出会い、カウンセラー人生でのさまざまなエピソードが興味深い。
なるほど、「私の目的とするところは、カウンセリングという手法を用いて、体制から差別されているクライエントとともに、どれだけ体制を変えることができるかということだ」と思い続けていた女性が、後にフェミニストカウンセラーになるのは当然の成り行きだったのだ。
            「性暴力とフェミニストカウンセリング」にはWCKの理念が詰まっている。
                                    (WCKニュース第8号より転載)

☆1998年、ユック舎より刊行。
☆WCKの事務所でも扱っています。
# by wck-news | 2006-08-12 15:32 | 本・映画・DVD
女の子どうしって、ややこしい!
レイチェル・シモンズ 鈴木 淑美 / 草思社
ISBN : 4794212178



この本は、女の子たちの間接的で、表面には出ない攻撃・いじめに光を当てています。
著者は自分自身が過去に受けたいじめについて、それが何だったのかを知ろうと文献を探し始めます。そして、男の子の攻撃性やいじめの問題について書かれた文献は山ほどあっても、自分が経験したいじめとは違う、ぴたっとこないものばかりだということを発見しました。

「男の子の場合とはちがい、身体や言葉を使った直接行動はとらない」女の子のいじめについて、いじめがピークに達する10歳から14歳の女の子たちにインタビューを始め、この本にまとめました。
 
親友がある日突然、理由もなく口をきいてくれない。
グループから一人はずされて、何を言っても無視される。
意味ありげなニヤニヤ笑いや、秘密のメモが飛び交っている。
問いただそうにも「冗談」なのかわからず、問いただせない。
そんな女の子の間接的で「人間関係」やしぐさを巧妙に利用したいじめを、著者は「裏攻撃」と名づけています。
なぜ女の子がこんなことをするのか?
それには、「よい女の子は、怒らない」「よき母親になるために、娘は愛想よく思いやりがあり、かわいらしく、やさしくあるべき」「女の子には、完璧な人間関係を続けることが期待される」というおよそ攻撃とは相容れない役回りが求められている文化と密接な関係があると分析しています。
まさに、「裏攻撃」は、Personal is politcical な問題なのだと言っています。

わたしは思春期のいじめ体験・・・心にひっかかりながらも、見ないようにしてきた・・・を思い浮かべ、この本を一気に読みました。
裏攻撃がPersonal is politcical な問題であることを知っていれば、自己イメージや女性同士の関係について、もっと早く修正できたのではないかと思いながら。
私たちの目指すシスターフッドにきっと役立つこの本は、イチオシのおすすめです!
                                   (WCKニュース第31号より転載)
# by wck-news | 2006-08-12 10:09 | 本・映画・DVD
リラクゼーションのためのボディワーク

講師:栗岡多恵子さん(Brisaブリーザ主宰)
日時:2006年7月6日(金) 午後6:00~8:30
場所:京都市子育て総合支援センター(こどもみらい館)

もとタカラジェンヌで現在ボディワーカーとして活躍中の栗岡多恵子さんを講師としてお招きし、「リラクゼーションのためのボディワーク」を行いました。

栗岡さんは、ウィメンズカウンセリング京都の「フェミニストカウンセリングを実践する講座」修了生。前々からボディワークってどんなことをするんだろう?と気になっていたウィメンズカウンセリング京都のスタッフや実践する講座の修了生仲間など10名が参加しました。

最初、どんなことをするんだろうと少し緊張ぎみだった雰囲気は、今回のメンバーのために栗岡さんが組んでくれたというプログラムにしたがって身体を動かしていくうち、ゆったりとほぐれ、心地よい空間になっていきました。

参加者の感想をご紹介します。

                        ☆ ☆ ☆

六月のある朝、駅までの道を歩いていた私は、つんのめって倒れて右肩を殴打してしまった。痛くて、こっぱずかしくて、服は汚れるし、なんともいえぬ一日の始まりだった。
思い当たるのは靴の履き具合の心地悪さくらいか。
毎日通い慣れた道なのに、なんでー!?やっぱ、いきつくところは寄る年波なのか。
が、そんな悠長に「原因究明」にふけっている場合ではなかった。時間と共に右腕があがらなくなってきていたのだった。が、がーん。さっそく行きつけの鍼灸院に飛び込んだ。

身体のリラックスやバランスって大事なんだと思う。
実は当初、リラクゼーションのためのボディワークに誘われたときは、そんなにも大事とは感じていなかった。
でも、何もない歩道でつんのめって腕が上がらなくなった衝撃は私自身の「ボディワーク参加の意義」を深めたのである。

インストラクターの栗岡多恵子さんは「安心感」をキーワードに香りと音をコーディネイト、そして、にっこり笑いながら言葉でも「痛いことはしない、無理はしない」と私の緊張をほぐしてくれた。
「大地から順に上っていって宙(そら)を感じながら自分の身体を取り戻していく」感覚は発見だった。ただ、そのあとのプログラムは気持ちよかったということだけで、もはや記憶にない。(ごめんなさい、栗岡さん!)。
体が硬くてどんくさい私は、かっこいい栗岡さんの所作をみてるだけでも嬉しくなる。
とてもゆったりした時間を過ごせた。いいよね、こんな時間の流れ。
せめて半年に一回くらいはボディワークしたいと思う。(P) 
         
                        ☆ ☆ ☆

私も細かいプログラムは覚えていないのですが、からだがゆるんでくるにつれて、途中、すご~く眠たくなった記憶が・・・。そして終わったあとのすがすがしさ!

「大切な大切な私の膝小僧・・・」「大切な大切な私の肘(ひじ)・・・」っていう栗岡さんの言葉が印象的でした。
自分の身体と向きあいながら、自分の身体を愛しみながら、みんなと一緒にボディワークをするっていいですね~。からだの自己尊重トレーニングって感じがしました。

講師の栗岡さん、素敵な時間をどうもありがとうございました。
参加してくださったみなさま、よろしければ、コメントを入れて下さいませ。

また、第2弾を企画しますので、みなさま、乞う、ご期待!!
# by WCK-News | 2006-08-12 00:00 | 講座受講者の声
フリーダ DTS特別版
/ アスミック
ISBN : B0000BZ4J3

キッと見据えた眼差し、その上に置かれた地続きのような濃い眉は強靭な意志の象徴か! 
華やかな雰囲気の奥に秘められたものは一体何?
チラシに浮き上がったフリーダの写真に惹かれ、何の予備知識も持たず映画館に足を向けた。

画面に映るメキシコの風景は明るく、モチーフのひとつひとつが実に強く自己主張をしてくる。
降りそそぐ太陽と乾いた空気には決して重苦しい景色は似合わないはず。
しかし、スクリーンの中で躍動するフリーダの姿が一転した。

彼女が乗り合わせたバスが大きくカーブを切った後、路面電車と衝突したのだ。
字幕の文字の少なさがもどかしく焦れた。
彼女に何が起こったのか咄嗟に判断がつかない。
ほどなくして解ったことは彼女の身体が取り返しのつかない無残な姿に変わっていたということ。
腰に鉄棒が貫通し、脊髄、鎖骨、肋骨が折れ、骨盤が砕け、右足が潰れるという瀕死の重傷。彼女の人生の振り子が何の前ぶれもなく大きく傾いた瞬間である。
そして図らずも美術史を塗りかえる画家の誕生であったと言えるだろう。

生涯に三十数回もの手術と、肉体を切り刻む苦痛との闘いが、キャンパスに描かれた数々の自画像と二重写しとなって異様な迫力で迫ってくる。
偉大な壁画家ディエゴとの結婚は、彼女自身が抱えた空虚感を満たす生への衝動だったのか。
47年の短い生涯は、引き裂かれた自己の統合を切望して止まない苦悶をキャンパスに求め、昇華させていった道筋と言えるだろう。
 
ある本の一節に、フリーダの絵を世界に引き出したのは、ドイツのフェミニストだったとある。
メキシコ革命とそれに続く時代に、自己の内面を凝視し、女性の性に関わる出産や、堕胎をも率直な眼差しで表現していたフリーダに「ビバ・ラ・ビダ(生命万歳)!」

                                     (WCKニュース第29号より転載)

フリーダ・カーロ―引き裂かれた自画像
堀尾 真紀子 / 中央公論新社
ISBN : 4122033535




映画「フリーダ」の公式ホームページ(2003年、映画公開時の情報です)
# by wck-news | 2006-08-07 09:15 | 本・映画・DVD

フェミニズムの視点にたった女性のためのカウンセリングルーム、ウィメンズカウンセリング京都のスタッフブログです。最新の講座情報やスタッフの雑感などをお届けしています!


by WCK-News