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『想い出』(1)  ~知花さんの小説

☆初めての方は、「連載のご挨拶」もあわせてお読み下さいね。

『バシャン!』
「ひえ~。びっしょびしょ!」

わたしが水たまりで転んだ時、周りの人達はみんな見て見ぬ振りをしていた。でも、あの子だけは違った。わたしの想い出…。

「芹佳ーっ! 早くおいでよ~!」
ある晴れた土曜日。金曜日には雨が降り、地面には幾つもの大きな水たまり。わたしと芹佳はここで足をパシャパシャさせながら飛び跳ねて遊ぶのが大好き。そんなわたしは尚崎露希。おませさんにはほど遠く、ちょっと子供な小学4年生。この日は、近所に住む昔からの仲良し、上條芹佳と追いかけっこをしていた。
「あははっ! 芹佳ってば、遅~い!」
後ろを向いて、のこのこ走る芹佳を見ながらわたしは小走りしていた。その時、
「あ! 露希ちゃんっ!」
芹佳が慌てた様子で前を指差す。わたしは芹佳のその動作を気にも止めず、
「え~? なぁにぃ? もう帰るのぉ?」
…と、呑気に口走っていた。今思えば恥ずかしいことだ。いつものように、どうせ芹佳の家の門限の時間になって帰ろうとしているのだと当時のわたしは思った。芹佳の家は門限が5時。わたしはまだまだ遊びたかったのに。うちには門限なんてものが存在しなかったから、遊び疲れるまで遊ぶことができ、当然ながら宿題をすることなくベッドへ直行。そのまま朝まで爆睡し、宿題を忘れたまま学校へ行く。その繰り返しだった(芹佳がちゃんとしてきてたから、よく写させてもらってたなぁ…。って、今もか?)。
…ともかく、芹佳が焦っているということに気が付かなかったわたしは、後ろ向きのまま『バシャン!』と水たまりに浸(つ)かってしまった。
「ひえ~。びっしょびしょ!」
わたしが半泣きでびしょびしょに濡れた服を眺めていると、
「大丈夫?」
そんな優しい声がして、上からスッと手が出された。
わたしがその手に捕まると、声の主は思い切りわたしを引っ張り上げた。お陰でわたしは汚い水たまりから脱出できた。
「…ありがとう」
わたしが言うと、その子は
「お礼なんかいいよ。それより、名前を教えてくれる?」
そう言って微笑んだ。
「…露希。尚崎露希」
わたしを汚い世界から連れ出してくれたのは、同い年くらいの女の子。腕も脚もとても細く、心配になるくらい華奢な体つきをしている。ただ、表情はとても明るく、見ているこっちが励まされるようだった。
「尚崎露希て言うんだ? 可愛い名前だね。…露ちゃん…って呼んでいい?」
「いいよ」
そう言うと、女の子はとても愛らしい表情を見せた。見ているこっちが嬉しくなるような美しく清らかな笑顔。

なんて澄んだ瞳を持ってるんだろう。

わたしは初めそう思った。その瞳の奥に隠されている真実を知りもしないで…。
「…露ちゃんって…昔のわたしと似てる気がする。…わたしも、昔は露ちゃんみたいに近所を走り回ってたんだよ。…でも、もうそんなことは…。…もう二度とできないけどね。」
女の子は過去を思い出したのか、懐かしそうに微笑み、そして寂しそうに目を閉じた。
「…あなたは? あなたの名前はなんて言うの?」
見ていられなくなるくらい悲しい瞳。こんなにも幸せそうに笑うのに、どうして彼女はこんな濁った表情を知っているのだろう? 悲しみを知っている人は、時に恐ろしく映る。過去の記憶が映し出す、切ない防衛反応。
「…わたし? わたしは…」
女の子が答えようとした時、邪魔が入った。
「清海さん! こんなところにいたのね! 駄目じゃないの! 勝手に病院を抜け出したりして! さっ、病院に戻りますよ」
看護師らしき人が女の子を引っ張ろうとする。
「…もう、戻らない」
女の子は小さな声でそう言った。
「あなたは外出許可をもらえないんだから、勝手に外に出てはいけませんよ。」
彼女の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、看護師は女の子にそう言い聞かせている。
「…わたし…は…少しだけ外の空気を吸ってみたかっただけなのに…。…どうしてそれさえ許されないの…!?」
悲痛な訴えもままならず、女の子は車に乗せられ、去っていった。
女の子になにか伝えたかったのに、悔しさと悲しさ。無力さを味わわされたわたしは、
「さようなら! またね!」
…としか言えなかった。

『ガー』
車の後部座席の窓が半分ほど開き、そこから女の子の顔が覗く。
「またいつか会おうね! バイバイ…!」
声を振り絞って言う女の子。
そのまま車は見えなくなっていった。

…清海音芽…か。…綺麗な名前。
…また会えたらいいな…。

…音ちゃん。なんて、聞き覚えのある名前で呼んでみる。なんだか親しみを感じられる。…あの子、ずっと病院に居るのかな。病院を抜け出したくなるくらい長い時間を病院で過ごしているの? 外出許可がもらえないって、いつまで? ずっと? 永遠に? あんな風に音ちゃんの感情を無視して病院で一生を過ごすの? 過ごさせるの? …そんなのだめだよ。
…早くあの子が元気になって、誰の許可もとらずに外に行けるようになれますように。

そう願わずにはいられなかった。

「露希ちゃ~ん!」
芹佳の声だ。あれ? そう言えばさっきまで見てなかったな。
「芹佳、今までどこ行ってたの?」
わたしの質問に芹佳は、やだな~と笑ってこう言った。
「わたしが(走るのが)遅いのは、露希ちゃんもよく知ってるでしょ? 何年心友やってると思ってんの? …あ、そだ。露希ちゃん、今日ちょっとうちに寄ってってよ。渡したいものがあるんだ♪」
渡したいもの? ふぅん。誕生日はもう少し先なんだけどな…。

「あっ! 露希ちゃんだ~! やっほ~!!!」
「お~、芹乃! 久しぶり~」
芹佳の妹・芹乃。今年小学校に入学したばかり。芹佳とは3歳違いなんだよね。
「露希ちゃん、お待たせ~。はい、これ」
渡されたのは、真っ白い紙袋。[ルーチェ]って書いてある。ルーチェってたしか有名な宝石店だったよね。けど芹佳がわたしに宝石? いや、有り得ない。まだ宝石になんて興味ないですよぉ~。
…ほんとにこれ、いったいなんなんだろ?
「…なに? これ」
わたしが聞くと、芹佳は紙袋をガサガサさせ、中身を取り出した。手には、大きな正方形型の箱。
「びっくりした? ルーチェは全然関係ないんだけど、これ、フルーツゼリーの詰め合わせなんだ。毎年パパの部下か上司かが送ってくれるものでね。内容が毎年変わって面白いの! たしか去年はいろんなクッキーの詰め合わせで、一昨年は上等なお茶だったんだよ~。凄く美味しかった! あ、たまに露希ちゃんも来て一緒に飲んでたよね。で、その前の年は…」
「芹佳! も、もういいよ!」
慌てて芹佳を止める。このままじゃ、上條家がもらった詰め合わせの歴史が語られ続ける~(汗)。わたしはそこまで詳しくなる必要ないからね…。
「そお? じゃ、そろそろこの辺で。上條家ってみんなゼリー苦手だから、露希ちゃんがもらってって? 露希ちゃん、ゼリー好きでしょ? 苺とかぶどうの粒(?)もゼリーの中に入ってるんだってよ。有名店の限定品らしいけど、なにもゼリーじゃなくてもねー。いや~、それにしても露希ちゃんがもらってくれて助かったよ。高級らしいから捨てるのも悪いし、それにちょっともったいないから…。賞味期限短めだから早めに食べてね! あ、でもわたしが露希ちゃんの家に遊びに行った時にゼリーを出すのはカンベンだよ」
そう言いながら、芹佳はルーチェの紙袋をわたしに預けた。
                                                 つづく




by wck-news | 2011-04-24 00:00 | 知花さんの小説『想い出』

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